金沢金箔伝統技術保存会とは

設立趣意

─ 背景 ─

金沢で生産・販売されている金箔には、伝統工法で製造される縁付金箔とカーボンを塗布したグラシン紙を使用して製造される近代工法の断切金箔の2種類があります。前者の縁付金箔は、400年以上前から行われている伝統的な技法により時間と手間暇をかけて作られ、国宝や重要文化財の修復には必ずといってよいほどこの金箔が用いられています。

また、その製造の特筆すべき点として手漉き和紙を使用することが挙げられます。良質の金箔を製造するには、この和紙(下地紙という)を仕込むことが最も重要であり、縁付金箔の仕事のほとんどがこの紙仕込みに費やされます。

今現在、大量生産・大量消費の経済構造が確立したことや生活様式の変化の中で、伝統的な行事などが衰退していくなどの要因により、金箔の生産量が減少傾向にあり後継者不足も顕著化しています。

金箔製造技術の保護・継承

─ 伝承 ─

縁付金箔の生産には伝統的な熟練技やその製造のための道具が不可欠ですが、このままでは、これまで綿々と受け継がれてきた貴重な伝統文化が途絶えてしまうことも懸念されます。このため、伝承者の養成と技術の保護及び錬磨を図り、後世に保存・継承していくことが喫緊の課題となっております。

よって、ここに縁付金箔製造技術の保護・継承を目的とした技術保存会を設立し、縁付金箔の製造に携わる全ての者が総力を結集して、様々な課題の解決に取り組み、目的の実現を図らんとするものであります。

保存しなければならない伝統技術とその理由

金箔は、金と紙を交互に合わせ、職人の手によって機械で丹念に叩き、金を延ばして製箔されたものです。
金沢で生産、販売されている金箔は、伝統工法で造られる金箔の縁付(えんづけ)金箔と、硫酸紙で作られる断切(たちきり)金箔と2種類があります。

金箔の製法

縁付(えんづけ)約400年以上の伝統がある製法で、雁皮(がんぴ)紙を藁灰汁(わらあく)や柿渋などで漬けて仕込んだ紙を用いて金箔を打ち延ばします。延ばし終えた金箔は形を整えるために、竹製の道具を用い、一枚一枚、規定の大きさに裁断します。

断切(たちきり)昭和40年代頃からの近代的製法で、工業製紙グラシン紙によって金箔を打ち延ばします。延ばし終えた金箔は形を整えるために、紙と金が交互に重なった状態で一気に正方形に裁断します。

縁付金箔の技術の特徴は、和紙を使うことにあります。つまり金箔製造の一番の要は、金を打ち延ばす叩き方にあるのではなく、金を薄く展延していく性能を有する「打ち紙加工」にかかっているのです。打ち紙に使う和紙は雁皮(がんぴ)紙で、その中に泥が漉きこんであるという和紙の中でも特殊な紙を使用します。「箔打ち紙はごまかしがきかない」と言わせるほど、繊細で高度な技術を要する紙なのです。この紙仕込みこそが、伝統技法の真髄で、縁付金箔の仕事の9割がこの紙仕込みと言っても過言ではなく、この紙仕込みが良質の金箔が作れるかどうかということに大きく作用します。

縁付金箔の特徴

金は非常に高価な金属であり、その価値は世界共通のものです。高価な金属「金」を有効に活用するために、伸びる特性を利用し、極限まで薄く伸ばすことを求めてきたのが「金箔」です。

縁付金箔の特徴のひとつとして、薄く延ばしてもその品質が変わらないということも挙げられるのではないかと思います。そのため、縁付金箔職人は、いかに品質を落とさず金を均等に伸ばすかを考え、その技術を日々進歩させてきました。
さらに縁付金箔は、業界的には柔らかい、箔の艶が違う、箔目がある等々いろいろなことが言われています。金箔は2種類ありますが、縁付金箔と断切金箔との差は見た目では、なかなか判断しにくいです。
ただひとつ言えることは、縁付金箔は自然にあるもの、言いかえれば体には害のない物質で製造していることから、食用はこの縁付金箔が使われています。

縁付金箔の指定要件

伝統的な製法及び製作用具によること
  1. 1.箔打紙は伝統的に漉かれた泥入り雁皮紙によること
    名塩紙・二俣紙・中島紙またはそれに準じた製法で漉かれた和紙を用いること
  2. 2.材料である澄は伝統的に稲藁と楮を混合して漉かれた和紙で製造されたものによるものとする
  3. 3.箔打紙は稲藁を焚いて取れる灰汁を用いて仕込むこと
  4. 4.箔打は、引き入れ→打ち前→渡し仕事→打ち前→抜き仕事→移し仕事の行程を取ること
  5. 5.最後の工程である、「箔移し」は革板上で、1枚1枚、竹枠で裁断し箔合紙にはさむこと
  6. 6.その箔合紙は岡山県津山産で三椏(みつまた)を原料としたものとする

金箔とは

金を打ち延ぺて約1万分の1mmまで薄く延ばした箔片で、建築、彫刻、美術、工芸、宗教具、日常品にいたる広範多岐にわたり活用される工芸素材です。日本では金沢市が生産量のほとんどを占めています。

金箔の歴史

製箔史の概要

金箔は世界各地で製造されており、日本のほか、現在フランス、ドイツ、イタリア、インド、ミャンマー、タイ、韓国、中国などでの製造が確認されています。古来、文明発祥の地で多発的にその製造が行われはじめ、金箔の製法は相互に影響しあいながら今日に至ってきたと想像できます。西欧では、かつて動物性皮膜を用いて打ちたてていたとされ、そのなごりからか、現在ではプラスチックフィルムを用いることが主流となっています。
一方、インドでは現在も仔羊の皮膜を用いて打たれており、インドの東隣りミャンマーでは、製箔業者が自製する竹紙を加工したものを打ち紙としています。さらに中国の製箔は烏金紙(うきんし)で行われていたとされ、インドを境にして東側、東洋での製箔は中国での紙の発明以降、紙を用いて発展してきたことをうかがわせているとされています。

日本での歴史

日本での金箔利用は、たとえば7世紀半ばの法隆寺四天王像、その他には高松塚古墳壁画にも認められています。このように金箔は、いつの時代にも必要とされてきました。しかし、日本の製箔については史料が乏しく、正確に跡づけることはできないのが実情です。しかしいくつかの文献資料や傍証などからは、今日の箔打ち技術は、少なくとも近世来の製法を踏襲するものであると言えるでしょう。そしてその製法は近代以降、日本の金箔製造は金沢に一極集中して発展し今日に受け継がれてきています。

金沢における金箔の歴史的経緯

文禄2年(1593)
前田利家→朝鮮の役の陣より金、銀箔の製造を命じる。金沢城いもり堀跡などから金箔瓦が出土。
寛文7年(1667)
幕府の厳しい統制制度のため、箔の製造が製造ができなくなる。
元禄9年(1696)
江戸に箔座を設置し全国の金銀箔の製造・販売を統制する。
文化5年(1808)
金沢城焼失→再興のため箔屋伊助が京より職人を招き4寸角の金箔16,000枚作らせた。
文政2年(1819)
材木町安田屋助三郎が竹沢御殿に金箔を納入するため、徒弟を集めて箔の製造をする。
元治元年(1864)
このころから金沢の金箔の声価が定まる
明治時代
明治5、6年ころから金箔の需要高まる。
江戸箔が完全に絶える。金沢箔の技術と打ち紙の良否を決める良質の水が決め手になり、独占的な基礎が築かれた。
大正4年(1915)
三浦彦太郎が箔打機を完成させる。

金箔の種類

箔の種類
合金率
五毛色
98.087
1.942
0.971
一号色
97.666
1.358
0.976
二号色
96.721
2.408
0.87
三号色
95.795
3.343
0.862
四号色
94.438
4.901
0.661

金箔の製造方法

金と手漉き紙を交互に重ね合わせた一包を、職人の手によって機械で丹念に叩き、金を延ばしていきます。

縁付(えんつけ)金箔

約400年以上の伝統がある製法で、雁皮紙を藁灰汁や柿渋などに没けて仕込んだ箔打紙を用いて、金箔を打ち延ばします。 延ばし終えた金箔は正方形に整えるために、竹製の道具を用い、一枚一枚、規定の大きさに裁断します。
金箔の製造は大きく3つの工程にわけられます。

  • (ずみ)工程
  • 箔工程
  • 紙仕込み

「澄」の工程は、澄屋と呼ばれる職人が担当し、「箔」の工程は箔屋(箔打師) と呼ばれる職人が行います。紙仕込みは、それぞれの工程で用いる紙を製紙家から購入し、澄屋、箔屋が行います。

装飾素材のとしての縁付金箔

縁付金箔は、建築、美術、工芸をはじめとする様々な分野の装飾素材となっています。特に、国宝や諏要文化財の補修、修理にも縁付金箔が用いられています。

日光東照宮

日光東照宮

本願寺 金沢別院

本願寺 金沢別院

関連リンク

  • 「伝統建築工匠の技」の保存、活用及び発展を推進する会
  • 箔座
  • 箔一
  • 株式会社タジマ
  • 株式会社今井金箔
  • かなざわ カタニ
  • 金箔屋 さくだ
  • 金沢市文化財保護課
  • 金沢箔技術振興研究所

金沢金箔伝統技術保存会

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